Seminar 2014 / セミナー情報2014

物理学教室最終講義
"The nucleon spin decomposition problem of QCD"

2015年3月17日(火) 14:00-15:00 @H601
Speaker: 若松 正志 准教授

Abstract:
核子のスピンをゲージ原理に矛盾することなく、クォークと グルオンのスピンと軌道角運動量の寄与に完全分解できるか どうかという問題は、1998年の有名なEMC実験の報告のすぐ後に 出版されたJaffeとManoharの論文における問題提起以来ずっと 未解決の難しい問題であった。2008年と2009年のChenらの論文が きっかけとなってここ5年間程この問題に対する激しい論争がなされた。 まずそもそもの論点となっているのは、質量零のゲージ粒子であるグルオンの 全角運動量をスピンと軌道角運動量の寄与にゲージ不変分解する ことは、電磁気学の標準的な教科書に見出される「光子の全角運動量 をゲージ不変にスピンと軌道角運動量の寄与に分解することは 不可能である」という記述と矛盾するのではないかという疑問にどう答えるか である。ゲージ不変性は観測にかかるための必要条件であると信じられて いるので、この疑問に答えることは実用上も極めて重要な宿題と いえる。第2に、最近の論争の中で生まれた核子スピンのゲージ 不変な完全分解は無限にあるという主張は正しいのか?もしそうで ないとしたら、何が適切な分解を決めるのか?最後に、若松の仕事を 通じて、核子スピンの完全分解には、少なくとも、カノニカル・タイプの分解と メカニカル・タイプの分解の2種類のものがあることは今や広く受け 入れられている。しかし、どちらの分解が観測可能量に対応する分解 なのかという疑問に対する明解な解答は未だ与えられたとは言い難い。 本講演では、これらの疑問に可能な限り納得のいく解答を与えたい。

Quarks, gluons and photons in heavy-ion collisions

2015年1月8日(木) 14:00 @H524
Speaker: 門内 晶彦 氏 (理研BNL)

Abstract:
RHICやLHCにおける高エネルギー原子核衝突では、運動量空間におけるハドロン分布の異方性(楕円フロー)が座標空間における系の異方性を強く反映しており、強結合クォークグルーオンプラズマ生成の根拠と考えられている。一方で、最近の実験では直接光子の楕円フローが流体描像による予想よりも数倍大きいことを示唆されており、"photon v2 puzzle"として認識されている。本研究においては、(i)グルーオン飽和状態からのクォーク化学平衡化 [1] による光子生成の遅延 [2]、(ii)QGP媒質中の屈折によるレンズ効果 [3]、(iii)パートン分布関数への補正効果 [4] の3通りの機構を考える。それぞれにおいて、光子生成とその異方性の発展に対する媒質の時空発展の効果を数値的に評価した結果、光子の楕円フローが有意に増加しうることを示す。また各機構の特性と関係性についても論じる。
[1] A. Monnai and B. Mueller, arXiv:1403.7310 [nucl-th]
[2] A. Monnai, Phys. Rev. C 90, 021901(R) (2014)
[3] A. Monnai, arXiv:1408.1410 [nucl-th]
[4] A. Monnai, in preparation

クォーク・グルーオンプラズマおよび冷却原子系におけるゴールドスティーノ

2014年9月9日(火) 14:00 @H524
Speaker: 佐藤 大輔 氏 (理研)

Abstract:
超対称性は有限温度において破れ、その結果南部・ゴールドストンフェルミオン(ゴールドスティーノ)が現れる事が知られている。 QCDにおいては厳密な超対称性は存在しないが、超高温ではクォークおよびグルーオンの分散関係はほとんど縮退しているため、擬ゴールドスティーノが存在し、その影響によりクォークのスペクトルに擬ゼロモードが存在する。 一方近年冷却原子系において、系に超対称性を持たせるようなセットアップが提唱され、その系においてゴールドスティーノが存在する事が示唆された。 また、ゼロ温度におけるゴールドスティーノの分散関係も解析された。 今回の発表では、上記の冷却原子系において有限温度における分散関係を解析し、QCDにおけるそれと比較する。 さらに、冷却原子系におけるゴールドスティーノの分散関係の形が強磁性体におけるスピン波とのアナロジーを用いて理解できる事を示す。 ゴールドスティーノの分散関係が実験において測定できる量にどう影響するかも議論する。

ジェットが誘起するQGP流体中のフロー

2014年7月22日(火) 14:00 @H524
Speaker: 橘 保貴 氏 (東大)

Abstract:
高エネルギー重イオン衝突実験において生成されたクォーク・グルーオン・プラズマ(QGP) は相対論的な速度で膨張する非定常系であると同時に、構成粒子間の相互作用が非常に強い。 このため、“局所”熱平衡を仮定した相対論的流体力学がQGPの時空発展を記述する有力な手段となっている。 また、実験ではQGPと同時に核子内のパートンの散乱によって高エネルギーのパートン(ジェットと呼ばれる)も生成される。 ジェットはQGP中を通過する際にQGPとの強い相互作用によってエネルギーを損失する(ジェットクエンチング)。 RHICやLHCの実験でもジェットクエンチングを示唆する結果が得られており、 ジェットクエンチングを調べることでQGPの阻止能についての情報を抽出できる。
QGP流体はジェットクエンチングによりジェットからのエネルギー・運動量が受け取る。 それによりQGP流体の時空発展は影響を受けると考えられる。 実際にLHCでのCMSグループによる測定では、ジェットの周りには広範囲の角度に及ぶフローが QGP媒質中に形成されていることを示唆する結果が得られている。
本研究では、高エネルギー重イオン衝突で生成するQGPのように膨張する流体中を ジェットが通過することによって引き起こされるフローについて調べる。 ジェットによるエネルギー・運動量の流入の寄与を湧き出し項として含んだ流体方程式を数値計算によって解き、 媒質由来の粒子の横運動量分布を求めた。その結果から、ジェット対の運動量の非対称性が ジェットからの角度が大きな領域の低横運動量粒子によって補完されることを示す。
[1]S. Chatrchyan et al. [CMS Collaboration], Phys. Rev. C 84, 024906 (2011).
[2] Y. Tachibana and T. Hirano, (2014), arXiv:1402.6469 [nucl-th].

電流ゆらぎをプローブとしたスピン依存伝導現象の解明

2014年6月17日(火) 14:00 @H524
Speaker: 荒川 智紀 氏 (阪大)

Abstract:
固体素子中における電気伝導は物性物理学において中心的なテーマである。ここで電気伝導を担う電子は電荷とスピンの自由度を持っている。 近年ではスピンの自由度を反映した特異な電気伝導現象(スピン依存伝導)が数多く報告され注目を集めている。 我々はこのスピン依存伝導現象のダイナミクスの解明を目的として、雑音測定を用いた研究を行ってきた。 ここで、一般的な手法である電気伝導度測定は素子に電圧を印加した際に誘起される電流を測定するもので、これは時間平均された系の応答を観測するものである。 これに対し、雑音測定とは素子で生じる”ゆらぎ”を検出するものである。 本セミナーではトンネル磁気抵抗素子におけるスピンに依存した電子のコヒーレンスの評価とスピン流(アップ、ダウンスピンの電流の差で定義される)に起因するゆらぎの検出について紹介する。

複素ボレル平面上でのQCD和則とそのMEMによる解析

2014年5月27日(火) 14:00 @H524
Speaker: 荒木 賢志 氏 (東工大)

Abstract:
QCD和則とはハドロンのスペクトル関数を求める手法であり、ハドロンの研究において成功を収めてきた。 従来のQCD和則は実数のパラメータを持っているが、これは複素数にまで一般化できることが本研究でわかった。これによりcomplex Borel sum rules(CBSR)という新しい種類の和則が完成した。 CBSRの最大の特徴は、スペクトル関数に関する膨大な情報を持つことである。 この利点を生かすためには、スペクトル関数の関数形を仮定しない最大エントロピー法(MEM)による解析が必要である。 今回の発表では、CBSRを理解するためにQCD和則の基礎から解説する。 その後に、CBSRの構築方法やMEMへの適用などについて説明し、実際の解析結果を紹介する。

高強度レーザー中における荷電粒子の非線型QED過程の解析

2014年5月13日(火) 14:00 @H524
Speaker: 柴田 卓也 氏(阪大RCNP)

Abstract:
近年、マグネターと呼ばれる天体や高エネルギー重イオン衝突実験において 超高強度の磁場が存在する可能性が報告されている。 これらの系における磁場の強さは10^{9}-10^{14}[T]にも達すると予想されているが このような強い外場の存在する系ではQEDの摂動論がある意味で破綻することが 知られている。 そのため強い磁場中の荷電粒子の運動を非摂動的に取り扱うための手法が提案さ れてきたが 実験による検証の難しさから未だ完成には至っていない。 一方でレーザーの高強度化が近年めざましく、レーザーと荷電粒子の相互作用の 強さが やはり非摂動的な領域に入るまでになっている。レーザーは純粋な電磁場であり かつ前に挙げた二つの系に比べ実験で取り扱い易いことから レーザーを利用した実験を通してQEDの非摂動的な効果を検証していくことが今後重要になると考えられる。 今回のセミナーではこのような高強度場の存在する系における特徴的な反応を例に取り それらのうち特にレーザー中における反応を理論的に取り扱うための手法を解説する。

Interplay of Confinement and Chiral Symmetry Breaking from Lattice QCD

2014年5月12日(月) 16:30 @H524
Speaker: 入谷 匠 氏(KEK)

Abstract:
カラーの閉じ込めとカイラル対称性の自発的破れは, 原子核・素粒子物理の理解に不可欠な量子色力学真空が示す非摂動現象である. これらの現象は互いに密接に関係すると予想されるが,未だ完全には理解されていない. 今回の発表では,格子量子色力学を用いて2つの非摂動現象がどのように関係し合うのかを議論する. まずはじめに,カイラル対称性の自発的破れに着目する. カイラル対称性の破れに関しては,Dirac 演算子の固有状態の性質が深く関係している. そこで,閉じ込め現象をDirac固有状態から解析し,2つの非摂動現象の起源について統一的に論じる. 次に,カラー・フラックス・チューブに着目し,閉じ込めの観点からカイラル対称性の破れを議論する. フラックス・チューブとは,閉じ込めポテンシャルを与えるクォーク間のカラー電場の一次元的構造である. このチューブ構造内部における,カイラル対称性の破れを解析する.

Reference [1] H. Suganuma, T.M. Doi, and T. Iritani, "Analytical relation between confinement and chiral symmetry breaking in terms of the Polyakov loop and Dirac eigenmodes”, arXiv:1404.6494 [hep-lat]; T.M. Doi, H. Suganuma, and T. Iritani, “Relation between confinement and chiral symmetry breaking in temporally odd-number lattice QCD”, arXiv:1405.1289v1 [hep-lat].
[2] T. Iritani and H. Suganuma, "Lattice QCD analysis for the Polyakov loop in terms of Dirac eigenmodes: Relation between confinement and chiral symmetry breaking", Progress of Theoretical and Experimental Physics 2014, 03B03 (2014).
[3] S. Gongyo, T. Iritani, and H. Suganuma, "Gauge-invariant formalism with a Dirac-mode expansion for confinement and chiral symmetry breaking", Physical Review D 86, 034510 (2012).
[4] T. Iritani, G. Cossu, and S. Hashimoto, “Lattice QCD study of partial restoration of chiral symmetry in the flux-tube”, Proceedings of Science (Hadron 2013) 159 (2014) [arXiv:1401.4293 [hep-lat]].